もう どうにも止まらない

諸君は こんな場面を 見たことは無いだろうか。

 世間を騒がせる 大ニュース。
 例えば、 飛行機の 墜落事故。
 機体は、 未だ 発見されていない。
 TVの報道番組に映るのは、 情報を求めて 集まって来た 乗客の家族たち。
 緊迫した場面である。

 そこに実況を伝えようと、 若いアナウンサーが マイクを持って 現れる。
 そうして、 彼は、 カメラに向かって、 へらへらと笑うのだ。

 吾輩は 見たことがある。

 例えば 大事件を起こして、 記者会見に 引っ張り出された責任者。
 笑っている場合ではない 状況にあるにもかかわらず、
 マスコミの記者たちに 取り囲まれて、 へらへらと笑うのだ。

 吾輩は 見たことがある。

 これを見た ほとんどの人は、 まず、 呆れる。
「なんだ こいつ」
 しかる後に、 怒る。
 そうして、 非難するに違いない。
 なんという不謹慎。
 辞任しろ!  いや、 クビだ!  自己批判しろ! 
 憤慨するに違いない。



 吾輩が  中学生だった頃の 話である。
 放課後、 クラスメイトと バレーボールに興じていた時のことだ。
 夕暮れ迫る 閑散とした運動場に、 突然校内放送が 流れた。
 クラスメイトの女の子を呼び出す 先生の声。

 だが、 校内には 暇な私たちだけだ。 その子は 見当たらない。
「何故 Aちゃんが呼び出し?  しかも、 こんな時間に」
「あっ、 あの子のお母さんが 病気で入院してるんだよ。 何か あったのかなあ」
 我らは、 不安を抱えながら、 そそくさと下校したのであった。


 翌朝、 開始のチャイムが鳴っても、 Aは来なかった。
 担任も遅れている。
 前日の心配を口に出したら、 不幸が確定してしまうような気がして、
 バレーボール仲間は 無言で 目を合わせるばかりだった。

 嫌な予感でいっぱいの所に、 Aは 鞄も持たずに現れた。
「先生は?」 とA。
「どうしたの?」 と、 事情を知らないクラスメイト。
「お母さんが 死んだから……」
 Aの家は、 学校のすぐ傍だ。 忌引き届けを出しに来たのだろうか。
 周りから 次々に 慰めの言葉が掛けられた。

 それは、 突然、吾輩の目の目で起こった。
 小学生の時に母親を亡くした Bが、 泣きながらAに 抱きついたのだ。
 二人が抱き合って、喉も裂けんばかりの 号泣。
 吾輩は、 為す術も無く 見ているしかなかった。
 クラス中が 固まったまま、 しーん とした。

 遅れてきた担任が現れたことで、 やっと 二人は落ち着き、
 短いやり取りの後、 いつもの時間が 戻ったように見えた。


 朝のショートホームルームは、 日直が前に出て 進行する事になっていた。
 まずいことに、 吾輩が日直 であった。
 教壇に上がり、 いつもの手順で SHR を仕切り始めた時、
 何故だか、 吾輩から へらへら と笑いがこぼれた。

 クラス中から 罵声 が飛んできた。

 罵声は聞こえている。 意味も分かる。
 だが、 へらへら 笑いが 止まらない。

 人間は、何が何だか分からなくなると、 無意識に笑い続けてしまうものらしい。

 大勢に取り囲まれて、 へらへら笑っている人間を見る時、
 吾輩は 小さく 呟く。