あなたが早く心を決


「ええ。瞳の形が月のように変わるので、私がそう名づけました。まだ子ネコですが、三度目の満月を迎える頃にはすっかり大きくなります」
 イースそっくりの灰緑の瞳を覗き込んで、トールは微笑んだ。
「イスラッド王からのいただきものなので、さしあげるわけにはいきませんが、雌の方はあなたに預けます」
 イースの言葉に、トールは顔を上げた。
「雌の方?」
「このネコはつがいなのです。片割れは公宮におります。三度目の満月が昇る前に、アシュが公宮へ戻れるよう、願いたいものです」
「私が決心するまで待つとおっしゃったはずです」
 顔を強張《こわば》らせたトールに、イースは小さく笑った。
「三度目の満月までにあなたの心が決まれば、あながち嘘《うそ》とは言えないでしょう」
「それは横暴ですわ」
「譲歩、と言ってもらいたい。あなたが早く心を決めて、公宮におさまってくれれば、こんな苦労もしなくてすむのですがね」
 冷たく言って背を向けると、イースはキサ人たちの刺々《とげとげ》しい視線をものともせず、悠然と館の扉をくぐった。
「こんな夜中に、公は一体何の用かしらね」
 眠そうに欠伸《あくび》をひとつして、エシルは窓越しにしげしげとイースを見下ろした。
「決まってるわよ、お目当てはトール様ね」
 隣で、クラルがくすりと笑みをこぼした。
 見晴らしの良い丘の上、という立地上、海からの風をまともにうける二階の窓には格子が取り付けられている。
 だから、窓からどれだけじろじろ眺めたところで、下にいるイースたちに気づかれる心配はない。
「本当に、トール様とお似合いよねえ。キサ人には美形が多いって言われるけど、公を見ると自信なくなるわね。トール様と並んで見劣りしないなんて」
 そう言って溜息をつくエシルは、華奢《きゃしゃ》な体つきの儚《はかな》げな少女だ。目元に入れた刺青も、少女の美しさを損なうものではない。