移民規制訴えたイギリス、経済を支えているのはだれ 「移民大国」日本・私の提言⑧

Adrian Favell 1968年英国生まれ。社会政治理論などが専門で、欧州の人の移動研究の第一人者。米カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授、パリ政治学院教授を歴任した。

――英国のEU離脱では、移民問題が作用したとしばしば言われます。

EU内の人の移動は自由で、英国への移住者数も統計上増え続けていました。これは、人々が「政府は移民の数を制御できていない」という漠然としたイメージを抱くことにつながっていました移民英國搬運。EU離脱派はここに注目し、離脱の是非を問うた2016年の国民投票で「主権を取り戻せ」とのスローガンを掲げたのです。EUにとどまっていると移民を制限する権利を持てない、と訴えたのでした。

ただ、「移民」と簡単に言いますが、EU離脱では三つの分野がごっちゃに議論されました。一つ目は主に東欧からの出稼ぎ単純労働者で、「移民」と呼ばれるものの、実際には「EU市民」です。二つ目は中東などからの難民申請者で、国際法に基づいて保護を求める彼らは、「移民」とは異なる地位にあります。三つ目はすでに英国籍を保持しているイスラム教徒で、やはり「移民」とは呼べません。この三つの分野は、それぞれの対応が必要ですが、それを一緒くたにした言説がまかり通ったのです。

――離脱派は、特に東欧からの出稼ぎ労働者を問題視していたように思えます。

英国では、農業や飲食業、物流、加工包装業といった賃金の低い業種が、安い外国人労働力を切実に求めています。EU離脱によって「主権を取り戻した」「移民はおしまいだ」と思うのは勝手ですが、こうした労働力の需要がなくなるわけではない。人の移動を促す原動力も変わらない。労働市場は経済原理によって動くのであって、制御しようとしてもうまくいかないのです。

その結果、これまでEUの自由移動の原則に頼って労働力を確保してきた英国は、他の代替手段に当面頼らざるを得ません。しかし、居住資格を有する労働力は、簡単には見つからない。従って、自由移動とは異なる枠組みで来る人々、すなわち非正規移民が、その穴を埋めることになります。英国への入国自体はざるのようなもので、入ろうと思えば入れます。

結局、英国が吸引力を持ち続ける限り、EU離脱をしようが移民は減らないし、逆にさらに増えて多様化するでしょう。もちろん、現在は新型コロナウイルスの影響で動き自体が止まっていますが。

――英ジョンソン政権は、英仏海峡にフェンスを設けて密航者を防ぐとか、大西洋の英領アセンション島やセントヘレナ島に収容所をつくるとか、強硬な防止策を打ち出しています。

英仏海峡を夏に越えて来る密航者は、象徴的にとらえられがちですが、数としてはごく一部に過ぎません。EU離脱派が騒いだために大きな問題のように見えたのです。実際の非合法移民の大部分は、観光客や短期滞在のビジネスマンとして合法的に英国に入国してそのまま姿を消したり、留学で渡英してオーバーステイしたりする人々です。

このような非正規の滞在者が労働を支えている英国の経済状況は、欧州各国の状況よりも、ラテン系や中国系の非正規労働者が経済を支える米国に似ているといえるかもしれません。

密航者が後を絶たない英仏海峡=2020年1月20日、国末憲人撮影

――経済の構造自体を変えるのは、容易ではなさそうですね。

グローバルな資本主義経済下では、資本、商品、サービス、人という四つの移動が自由になります。このうち、資本、商品、サービスの移動を確保して人の移動だけ制御するのは、どだい無理な話。他の三つのものが動くと、人も一緒に動き、一緒に国境を越えるからです。

――ジョンソン政権はまた、能力や学歴を点数化した入国制度を導入し、高スキルの人を優先して入れる一方で単純労働者を排除しようとしています。

だけど、英国に必要なのは能力の高い高給取りの働き手でなく、低賃金の労働者ですよね。なのにそんな政策を導入するのは、「空想に基づいた政治」に他なりません。人々の耳には心地よく響くかもしれませんが、英国社会の現実に合致しない発想です。

英リーズ大学教授エイドリアン・ファヴェルさん=2019年1月18日、東京・恵比寿、国末憲人撮影

――では、すでに英国に暮らしている移民やその子孫と英社会との関係は、どう考えたらいいでしょうか。英国は長年、移民の出身国の文化を尊重する「多文化主義」を掲げてきましたが、近年はむしろ、移民の英社会への「統合」を重視するようになったと聞きます。

「多文化主義」は、英国が公式見解として掲げてた用語ですが、方針としてはすでに終了しています。「多文化主義」で知られていたオランダやスウェーデンといった国々も、その政策を転換しつつあります。では、政策が変わったから「多文化社会」も終わりを迎えたかというと、そんなことはない。英国社会は依然として多文化な社会です。近年は「多文化社会」(multicultural societies)という言葉よりも「多様性」(diversity)という言葉を多く使うようになりましたが。

ただ、欧州各国で「統合」や「市民性」といった概念が重視されるようになってきたのは確かです。「移民は、移住した国の良き市民となるべきだ」「その国のルールに従うべきだ」というフランス型の発想が定着してきました。

――社会の一体性を保つうえで、ある程度の「統合」は不可欠だ、との認識ですね。

一方で、移民は出身国とつながりを持ち続けるのも現実です。例えば、パキスタン系英国人はパキスタンに家族や親戚を持ち、文化のつながりを維持し、時には収入上のつながりがあったり、政治的な関係を持っていたりします。「統合」ばかり強調すると、そのような結びつきを制限することになりかねません。「あなたは英国に来ることのできた数少ないラッキーなパキスタン人なのだから、本国との関係を断ってください」と。それは、何だか古くさい植民地時代の関係のように思えます。

1990年来から2000年代にかけて、国境はどんどん開放的になり、国の枠組みを越えた生活を人々が享受できる世界になると、思われていました。それに伴い、移民に対する圧力も減る方向に向かっていたのです。しかし、今起きているのは、その揺り戻しです。将来は見通せませんが、一部のエリートだけが移動の自由を享受し、他の人々はその恩恵に浴せないという、極めて不平等な社会が到来するのではと、懸念しています。

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