両手で持

辰吉たちは三太に遅れて、二日後の昼前に戻ってきた。才太郎も痛みに耐えて、意外と元気な
顔をしている。辰吉の励ましと手当が、功を奏しているようである。
   「遅かったやないか、何を愚図々々しておったのや」
   「ここ何日か月夜だったから、兄ぃは夜駆けしたのだろ」
   「まぁな」
   「それでお蔦さんは無事だったのか?」
   「ああ、今、畑に野菜を採りに行っている」
   「独りでか?」
   「ああ、すぐ近くやさかい、大丈夫やろ」
 三太ともあろう者が何と迂闊なと、辰吉は腹がたった。慌てて飛び出そうとした辰吉を三太が止めた。
   「坊っちゃん、この縁側に来て寝転んでみなはれ」
   「何?」
   「お蔦ちゃんが菜を摘んでいるのがよく見えていまっせ」
 別に寝転ばなくでも、まる見えである。
   「本当だ、良かった」
   「今なぁ、又八さんのおっ母さんが、昼餉の支度をしてくれている、飯食ったら昼から殴りこみや、又八さん、覚悟しときや」
   「へぇ、有難うごぜぇます」

 昨日、三太の立ち回りを見た所為か、縁側から見えるお蔦の顔に安堵の笑みさえ窺える。
   「おーい、姉さん」
 又八が縁側から叫んだ。
   「又八、無事で良かった」
 三太から聞いていたので、もう心配はしていなかったようである。

   「又八さん、行くで」
 才太郎をお蔦と両親に預け、三太の掛け声に、三太、又八、辰吉の順に並んで家をでた。

 三人が彦根一家を目指していると、家の陰、木の陰、石灯籠の陰と、三人を見張っている者が二・三人見え隠れしている。
   「彦根一家の三下やな」
 三太が気付いて呟いた。
   「見るのやないで、知らんふりして歩け」
 その三下風の男の一人が、駈け出していった。一家に知らせに行ったようだ。

   「親分、来やしたぜ」
   「そうか、何人だ」
   「へぃ、又八を入れで三人です」
   「何だ、たった三人か、準備するまでも無いな、用心棒の先生に任せておこう」
 二人の浪人が親分に呼ばれて、何やら耳打ちされていた。
   「よし、分かり申した、任せておきなさい」
   「これは酒代です、三人共殺ってくだせぇ、後始末は子分どもにさせます」
  途中まで出て、又八たちを迎え討つらしい。二人の浪人は、小走りで出て行った。

   「止まれ!」
 三太達の前に、二人の浪人者が立ち塞がった。
   「何や? 何者ですかいな」
   「お前らに恨みを持つものではない、金で頼まれ申した、ここで死んで貰う」
   「嫌やと言ったら?」
   「嫌も糞もない」
 浪人二人が刀を抜いて構えた。
   「何や、たいした使い手でもなさそうやなぁ」
   「何をぬかすか、この若造が」
 一人の浪人が刀を両手で持って、三太をめがけて飛び込んで来たのをヒョイと交わして天秤棒で尻を思い切りビタンと叩かれると、浪人は及び腰で前に五・六歩進み、ベタンと前に倒れた。
   「わっ、カッコ悪い倒れ方や」
 嘲笑う三太に、もう一人の浪人が斬りかかったが、後ろから辰吉の棒で尻を突かれて、これもベタンと倒れた。
   「のびた蛙みたいや」
 嘲笑われて頭にきたのか、二人は立ち上がって落とした刀を拾うと、離れて立つ三太と辰吉に、それぞれ刃を向けた。三太は自分に向かってきた浪人の刃を横に交わすと、辰吉に刃を向けている浪人の後ろから頭をポコンと叩いた。辰吉は三太に叩かれて怯んでいる浪人を交わすと、三太に向い空振りをした浪人の後ろから頭をポコン。二人の浪人は、その場に座り込み、刀を置いて頭を擦っている。